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かきたまじる

このブログは薬研沼どっぷりなガチャ好きのお子ちゃまがお送りします

いつか終わる夢を見ている

いま、わたしは、いちおうやらなくてはいけないこととか、いちおう将来の夢があって、それに向かって邁進したり、趣味の絵を描いたり、グルーヴコースターにはまったり、薬研藤四郎に永遠の愛を誓ったり、いろいろしているわけだが、ふっと思った。

これは夢なのではないか。
いつか覚める、終わる夢をじっと見ているだけではなかろうか。今が幸せ、といっても、ちょこちょこと不幸はあるわけだが、いつぞやと比べればなんてことのない、平和だ。

だから、なんだろう、いつか来るだろう終わりが来るのが怖い。

ある朝目が覚めたら私はただの石ころにでもなっているのではないだろうか。みなさん道端の石ころなんかを気にも留めないでしょう。わたしもさすがに石ころなんてものを気に留めたことはあまりありませんね。毎日そこにいて、行き交う人、自動車、自転車、じゃなかった軽車両か、を見守り、時には蹴飛ばされ、時には踏みつけられ、とにかく誰からも必要とされない、そんな石ころになっているのかもしれない。

石ならこの世界をどのように見るだろうか?そもそも石なんか意思ないだろう!…というつっこみはさておき……誰が上手いこと言えと言った。自分か。

石だったら一寸の虫が大きく見えて、新たな発見があるかもしれない。いや、目覚める石にもよるだろう。もし、道端のただの石ころならそうかもしれない。工事現場に転がる石ころ。石畳。大理石。それもいい、またいい。

そもそも目覚めたら石という考え方が変だ、と思うこともあるだろう。たぶん目覚めたら何になるかは自分の自己評価しだいだと思う。わたしはただひたすら自己評価が低いので、石、ということにする。

いや、まてまて、それでは石に失礼ではないだろうか!石が自己評価ワーストだと誰が決めたのだ?私だ!もしかしたら雑草の方がワーストかもしれない!

もうこのあほみたいな論争はやめよう。現実を見よう。ほっぺたをひっぱればいい。古典的な方法だが、いまいるこの世界が、夢ではないことを確かめる簡単な方法だ。きみは石ではない。意思のある人間である。いま見ているものは夢ではなく現実なのだ。明日どう転ぶかなんて明日になってみなきゃ分からないさ。どうしようもない不安の妄想を膨らませて、まことしやかにしてしまうのは、もうやめにしよう。

そうだ。終わりにしてしまおう。こんなくだらない夢のような妄想は、終わり終わり。
written by iHatenaSync