かきたまじる

このブログは薬研沼どっぷりなガチャ好きのお子ちゃまがお送りします

器を求める人

きのう、講演会に参加した。午前中はいたって退屈であった。発表者には大変申し訳ないのだが、諸事情があってレジュメがなく、しかも途中からの参加であり、話の内容が頭に入ってこなかった。平坦な抑揚のない声なので、よけい聞いててつらい。

しかし、珍しくそこで私はずっと目を覚ましていた。ふつうつまらない話をずっと聞かされるとすぐに眠気に襲われるのに。それは眠気を吹き飛ばすくらい強いパンチが私を襲っていたからである。

ただ、興味のある議題もあったので、すべてがすべて、つまらなかったわけではない、そのことは断っておこう。

人に感情を伝えるのはかなり難しい。自分の内面をさらけ出すというのは、自分のすべてを受け止めてくれということであり、自分のエゴでしかない。分かりやすく、伝えたところで果たして相手は反応してくれるか?否、反応ではない。自分の期待通りの反応をするか?ということである。かくしてそうはならなかった。そもそも伝え方が下手くそすぎるのだ。仮にもモノ書きの端くれであるというのに、だ。

きのうの講演の続きだが、午前中は退屈だったが、午後はそうでもなかった。興味を惹かれる議題に加え、発表者の話ぶりが面白かった。うまい間の取り方、感情のこもった声、ときどきこちらにアクションを求める、自分へ突っ込んだり、とにかく面白かった。

真似したら良いのか。そうしたら良かったのか。自分は一体何がしたいのか?迷うことは無駄な気がした。だから人に感情を伝えることに挑戦するのである。ただ残念ながら、ここで書いているということは、結果は推して知るべし。

私は思った。いわく、私はハンドボールをいま1000メートル飛ばそうとしている。10メートルも飛ばせないのに、1000メートルも飛ばそうとしている。これは、火を見るよりも明らかで、できないことだ。果敢に挑戦して、負けた。チャレンジは、した。後悔よりも行動した方が良いのだ。しかし、まずは、10メートル飛ばせるようになるように頑張るしかないのだ。
written by iHatenaSync